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明りが灯る




春の一夜、無人の小屋に明りが灯ると言われていた。

遭難事故が発生した際、捜索隊が、その小屋を使うことがある。
噂の出どころは、そのへんだろうと、俺は思っていた。
捜索隊の主力は、地元の住民だ。
危険な山で呑気な登山者を探すのは、正直、嫌なのだ。
遭難者を見つけるのは、いつも警察だし、見つかるのは遺体だ。

遺体がその小屋で、捜索隊ともども一泊するという噂がある。
遺体の腐敗を防ぐため、火を焚いて、満足に温まることも
できないという噂もある。

噂ばかりで、どのあたりまでが本当の話なのか、分からない。
地元の住民が、小遣い程度の報酬で請け負う仕事としては、
最悪の部類に入ることは間違いない。

その小屋で、冬最後の数週間を過ごすと言い出した知人がいる。
彼は密教系の坊主で、個人としては、オカルトマニアだ。
かける言葉など、俺にあるはずもない。
妖怪退治だと、彼は笑った。
何事も修行であり、自ら求めるものだと、坊主の顔で彼は言う。

夏から秋にかけ、山ごもりに備え、彼は物資を小屋に運び、
2月下旬に出かけ、4月初旬に下山した。

彼によれば、噂は本当だった。
3月下旬のある夜、小屋が明るくなったという。
無論、電気など来ていない。
彼が夜毎に焚く小さな火とも違う色、違う明るさだった。
彼の火は、赤や朱だ。
その夜、小屋を明るくしていたのは、白い光だった。
光源は分からない。
小屋内部の空間全体が、明るく光っていたという。

床や壁の軋み音に包まれ、ひたすら経を唱える彼は、出発前に
妖怪呼ばわりした、その小屋にこもる何かから、崇高な
何かを感じたという。
それは何?
月並みな質問の後、長い沈黙があった。

遭難者の遺体が腐敗せぬよう、暖房目的で火を使えないという
噂について、あそこでなら、どれだけ火を焚いても腐らないと
彼は言った。

結局、小屋にいるのは何?
畳みかけると、彼は笑った。
彼は明白で、明快な答えを感じたが、それを他人に伝えるのは
非常に難しいという。

あそこに居たのは、例えば俺の祖父母であり、彼の祖父母であり
俺の家の庭木であり、彼が知る樹木であり、俺の心であり
彼の心であったという。
俺自身であり、彼自身でもあったという。

明快に表現する言葉がないと、彼は言った。
悟りでも開いたら、表現できそうかと聞くと、彼は唸った。

言葉には、たどり着くだろうな。
きっと、ものすごく身近な言葉だと思う。

見回した寺の一室が、あの小屋に思えた。
彼と目が合い、彼が頷いた。
瞬間、俺と彼は、あの小屋に居たはずだ。



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2018-10-14 21:08 : こわい話 : コメント : 0 :
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